シナイの王国

演劇部顧問ナカムラのあれこれ

近所の事情

近所にコンクリート工場があって、タイの人が働いていた。工場は今は倒産して、タイの人たちもどこに行ったか分からない。うちは商売をやっていて、タイの人がよく買い物に来た。コンビニよりうちのような商店が買い物をしやすいらしい。ぼくの両親とはやけにうまがあったらしく、商人だから愛想もよく、数人いたタイの人たちも遊びに行くからタクシー呼んでくれ、とか、給料日まで勘定を待ってくれ、とか甘えてきたり、大雪の日に会社の重機を持ち出して雪かきをしてくれたり、タイの野菜をくれたり、仲良くやっていた。
会社のパートに通称ルミちゃんというタイ人がいて、旦那は日本人なので永住権がある。ただルミちゃんはタイに娘を残してきた。娘は前の亭主の子どもである。18歳、典型的なタイ美人だ。ルミちゃんやっぱり娘が恋しいらしく、日本に来させたくて仕方がない。ところが娘は90日の観光ビザで来るしかない。なんとか娘と日本で暮らすいい手はないものか。ある。簡単だ。自分と同じ方法を使えばいいのだ。
白羽の矢が立った。ぼくぼく。ぼくに。
ルミちゃんと娘、アエナの猛攻撃が始まった。そのころ母が亡くなり、父は入院して一人暮らしだったので、まず夕飯のおかずが届けられた。ところが何でもおいしくいただくあたいが唯一苦手なものがある。タイ料理だ。まずパクチー。それからあのすっぱからいあの味が苦手。ルミちゃんの料理はすべてすっぱからく、すべてパクチーが使ってある。食べた振りをして全部捨て、タッパーを返すのだが、そのうち目の前で食べないと帰らないようになった。
次は日本語教えて攻撃。18歳美人。休みのたびにアエナがやってくる。ルミちゃんがおかず持ってくる。ルミちゃんもいろいろあるらしく夜中に顔を腫らして泣きながら訪ねてきたりする。
その後、コンクリート工場が倒産したり、ぼくが結婚したりしてルミちゃんも親父の新盆に顔を見せたきりである。アエナはどの日本人を捕まえたか、まだバンコクにいるか。